気は冷たかった。その冷たい空気のなかを、信子が、七つになる娘の喜久子を連れて歩いている……。
信子も喜久子も、ふだん着のままだ。
信子は片手に、藁であんだ買物袋をさげ、片手で、娘の手を引いている。娘の手が如何にも貴いものであるかのように、心からの温かみをこめて、しっとりと担っている。娘の方も、母の手に心から縋っている。買物袋の中には、鶏肉が百匁、竹の皮と新聞紙と二重に包んで、ぽっちりとはいっている。
一方はまだ戦災の焼跡のままになってる四辻まで来ると、信子は娘をかえり見る。
「ちょっと、お詣りして来ましょうね。」
「どこ?」
「今日ね、七・五・三のお祝いの日ですよ。あなたも七つだから、氏神さまに、お詣りしましょう。」
「ああ、七・五・三て、聞いたわ。きれいな着物をきて、神さまに、お詣りするんでしょう。」
「そうよ。でも、買物の帰りですから、この儘でいいのよ。」
二人は神社の方へ曲って行く。
――吉岡はかじっていたスルメを捨てて、酒をぐいぐい飲んだ……。信子よ、幼い者に向って、なぜ嘘をつくのか。七・五・三の晴着がなければ、ないでいいじゃないか。ないのをむしろ誇りとしたらどうか。
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