。」
「いや、僅か五六年、変るもんですか。このへんが変った…いや、日本が、何もかも変ったようですな。」
「そう見えますか。どう変りました。」
 どうといって、大五郎にははっきりいい現わせなかった。だが、おかしなことがある。先程まで、皆がふしぎに黙りこんでいたのが、大五郎の帽子や外套の絨毛が隅っこに引込んでからは、低い声があちこちに起って、春枝までが明るい笑い声をたてるのである。そちらを、大五郎はぐるりと見廻して、村井にいった。
「どうも、変りましたな。話をするにも、ひそひそ囁くような低い声だし、笑い声も、忍び笑いのようだし、いやに静かで、その上、隣りの人にも話しかけてはいけないしい[#「いけないしい」はママ]。こんなことで、東亜の大戦争がよく出来たもんですな。」
「そこが日本人のたしなみというものでしょうよ。そのたしなみがあってこそ、本当の勇ましい戦争も出来る。私などはそう考えますよ。」
「たしなみ……なるほど、そうかも知れないが、満洲では、一般にもっと元気ですぜ。飲むにも食うにも、笑うにも、話をするにも、こんな火の消えたような調子じゃありませんな。」
 そこへ、皿の物や銚子が運ばれて
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