、お上さんを好きだってんだ。貧乏人も金持もねえさ。金でもって威張ろうたって、そうはいかねえや。ここに来ちゃあ、誰も彼も同じさ。お上さんの意気が嬉しいってことよ。」
 大五郎は椅子から立上った。そして声のした方を向くと、そこにいるのは、言葉の調子とはまるで違って、商店員風な縞の着物の若者二人だった。
 その二人は、大五郎の方をもう見向きもしないで、まあも一ついけよ、という調子で、朗かに盃をさしあっていた。
 大五郎はつっ立ったままじっと眺めた。眉根がぴくりと動いたきりで、日焼けのした厚い皮膚は深く静まり返った。
「君は片山さんに似てるね。」と彼はぽつりといった。
 片山さんというのは、自由主義的だと見られてる有名な政治家だった。
「似てますかね。」と相手の一人はおとなしく応じた。「片山さんはよく知ってますよ。懇意にしていますんでね。始終出入りしてますし、選挙の手伝いもしたことがあるんですよ。片山さんに、似てますかね。」
 こんどは、大五郎の方で返事をしなかった。むっと口を噤んで、ただじっと二人連れを見ていた。
「花ちゃん。」
 お上さんが突然、女中を呼んだ。
「勘定を貰いなさいよ。何を出
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