料理屋の宣伝機関の一つなのである。それから見れば別に不似合でもなく、畳敷きの上手の半間の置床には、青銅の薄端《うすばた》に水仙の花の一茎がすっきりと活けてある。
大五郎はその水仙の花をぼんやり見ていた。客が二人はいって来て、畳敷きの下手の方の餉台につき、女中が酒と小皿物を運んでいったが、大五郎はまだぼんやりと、水仙の方に酔眼を向けていた。
丸髷の女がまた暖簾から出て来て、元の席へ行きながら、彼の方へいいたてた。
「もうお酒はおすみでしょう。一本きりですからね、帰って下さいな。初めから、ほんとにお断りしたかったんですよ。ずいぶん酔っていらっしゃるんでしょう。帰って下さいよ。まだお飲みになりたかったら、このへんに、飲ませるところはいくらもありますよ。ついこの先にもありますよ。うちでは、一本がきまりですからね。満洲のようにはいきませんよ。どなたにも同じですからね。どなたにも気持よく飲んで頂きたいんですからね。酒がすんだら、帰って下さいよ。」
その時、盃をやりとりしていた新来の二人連れから、大きな声が響いた。
「そうだ。お上さんのその意気だ。貧乏人も金持もねえ、みな同じだ。なあ。だからさ
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