。これからは、もう春枝には構わないで貰いましょう。」
ウイスキーのせいばかりではなさそうだった。春枝を誘い出そうとしたことを、村井は知ってるに違いなかった。
それでも、大五郎はたじろがなかった。なにか鈍重な酔いかたで、そしてちょっと浮いた気分で、彼方に立っている春枝の方を、明らさまに振向いて眺めた。若々しいきゃしゃな身体つき、ういういしい尖った※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]、捉え難い黒目、それらがぼやっとぼやけて、割烹着の花模様の青と黄と赤とがちらちらした。その色合の上に、あの、威勢のいい肉附豊かなお上さんの、小紋錦紗のはでな姿が重ってきた。彼女なら、東京者という金箔をつけて、奉天の店を繁昌させるだろうと、想念がちらと掠め去ったが、あとはただ白々しい空虚が残った。
大五郎は首を垂れた。そこに、餉台の上に、村井の大きな握り拳があった。ばかに力がありそうな大きな拳だ。
「ほほう、大きな拳ですな。ムッソリーニの拳に似てますな。」
村井は手を引っこめて、掛時計を仰ぎ見た。
「もうそろそろ時間ですよ。だいぶ酔いましたね。」
それから、低いそして強い声で囁くようにいった。
「
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