、なぜ誰もそっぽを向くんですか。憤慨にたえません。」
声が大きいので、客の二三人が振向いて眺めた。村井はにやりと笑った。
「相変らずやっていますね。」
大五郎は気勢をそがれて口を噤んだ。
「まだあちこちで、満洲をもちだしているんですね。今晩はどこで飲みました。」
何もかも見ぬいているように、眼で笑っていた。
大五郎は何か重大なことを思い出そうとしてるようで、自分でもそう感じて、黙っていたが、ふいに、村井へ顔を近々とさし寄せて、囁いた。
「まだ、さっぱり見当りませんよ。」
村井が反対に声高く笑った。それから、低いが力強い調子でいった。
「それがいけないんだ。」突然ぞんざいな言葉になっていた。「あなたは、その奉天の店をやらせる女を、女房がわりの女を、酒を飲み廻って探し廻っているが、それがいけないんだ。だから、あなたの満洲の話には、酒場の匂いがするし、金儲けの匂いがする。もういい加減によしたらどうです。誰も真面目に聞く者はありませんよ。」
村井はじっと大五郎の眼の中を見た。
「ここにしたって、春枝までが笑っている。あんな真似は、満洲ではどうだか知らないが、こちらでは通用しませんよ
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