きつい調子でそう云われて、辰代は面喰ったように眼をきょろつかせた。そして何とも云わないで、奥の室に逃げ込んでいった。
暫くして、澄子がそっと覗いてみると、辰代は薄暗い電燈の下で箪笥にぐったりよりかかって、涙が頬に流れるのも自ら知らないらしく、寝間着の薄い襟に※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]を埋めて、深く考えに沈み込んでいた。澄子は喫驚して、中村の所に戻ってきた。
「お母さんは、泣いてるのよ。」
「放っとくがいいよ、お母さんも今井さんも、揃いも揃って狂人《きちがい》ばかりだ。」と中村は云って、何故か首を振った。「まあいいさ。これをきっかけに、今井さんに出ていって貰わないと、どんなことになるか分らない。そうなったら、澄ちゃん一人が困るじゃないか。」
「そりゃ困るわ。」
「だから、皆の気が変らないうちに、早く俥を呼んでおいでよ。」
「そうしましょうか。」と澄子はまだ思い惑った調子で云った。
「そして、お母さんには何とも云っちゃいけないよ。」
「ええ。」
澄子は大急ぎで着物を代え髪を一寸なでつけて、俥屋へ駈け出していった。その俥がまだ来ないうちから、今井は来た時と同じ三個の荷
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