ような、変な心地がしたので、寝呆け眼であたりを見廻すと、古い十燭の電燈に覆いをした、影を含んでるぼやけた光が、薄すらと流れ出してる次の玄関の室に、物の動いてる気配《けはい》がした。おやと思って、蚊帳越しに眸を定めてみると、薄青の地に白菊くずしの模様のあるメリンスの着物が、室の真中にぶら下っていた。そんな筈はない、と思うとたんに眼が冴えた。長い髪の毛を乱した今井が、横顔をこちらにして、彼女の平常着《ふだんぎ》を引っかけ、襟を合したその両手を、そのまま胸に押しあてて、歩いてみようか坐ってみようかと思い惑った形で、なおじっと立ちつくしてるのだった。それと分った瞬間に、澄子はぶるぶると身体が震えて、何を考える隙もなく、母の方へ手探りに匐い寄って、力一杯に揺り起した。
「お母さん、お母さん、今井さんが……。」
 出すつもりの声が出なかったのか、辰代はきょとんとした眼で見廻したが、澄子に指さされるまでもなく、今井の姿がちらりと動いて、半ば立て切ってある襖の影に、はいってしまおうとしかけた時、彼女はがばとはね起きて、次の室に飛び出していった。
「今井さんじゃございませんか。」
 澄子の着物の中で、今
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