れではうまうまひっかかってしまったようなものですよ。向うではあなたがそういう人だということを承知の上で、企んでやったことに違いありません。それなのに、私にお菓子を買って寄来すなんて、図々しいにもほどがありますよ。」
 それでも彼女は、手に残りの半分の菓子を食べてしまった。
「そうばかりでもないでしょう。人の好意は正面から受け容れるのが私の主義です。」と云ってから今井は、俄に話を変えた。「今日だけは小言は止して下さい。珍しく酒を飲んで愉快になってるんですから。……そんな話よりも、全く素晴らしいことを見て来ましたよ。」
「どんなことです?」
 さっきから皮肉な笑顔で二人の話を聞いていた中村が、そう引取って尋ねた。
「私は人間の頭があんなに脆いものだとは思いませんでした。」
「人間の頭ですって?」
「そうです。実はこの菓子折を下げて、友人と二人で、或るカフェーにはいって、酔いざめの冷いものを飲んでいました。すると、不良少年……と云ってももう青年ですが、そういう二三人の連中と。やはり二三人の朝鮮人か支那人らしい、怪しい様子の連中との間に、喧嘩が初ったのです。何がきっかけだかは分りませんが、大き
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