子とが茶の間で、一人は裁縫を一人は学校の下調べをしていた。そこへ可なり大きいのが、どしんと一つきて、それからぐらぐらと揺れた。おやと思うまに、もう小揺れになって、天井から下ってる電燈の動くのや、柱時計の振子の乱れたのなどが、自然と眼についた。それが暫く続いた。
「地震ね!」と澄子は分りきったことを云った。
「何時でしょう。」
「八時少し過ぎよ。」
 辰代は胸勘定でもするように頭を動かした。
「五七の雨に四つ旱《ひでり》、というから、まだ雨が続くかも知れませんね。」
 そう云ってる所へ、階段に大きな物音がした。二人が喫驚して眼をやると、息をつめ眼を見張っている今井の顔が、薄暗い階段口からぬっと出てきた。
「どうかなさいまして?」
 今井はすぐには口を利かなかった。天井からあたりをきょろきょろ見廻して、それからほっと吐息をついた。
「地震でしたね。」
「まあ、逃げ下りていらしたんだわ。」と澄子が云った。「あれくらいな地震に……。私もっとひどいのだって平気よ。」
 今井は何とも云わないで、長火鉢の横に坐って、小首を傾げながら耳を澄した。
「また来るかも知れませんよ。」
「ええ、屹度来るわ。」と澄子は肩をそばめて見せた。「揺り返しは初めのよりひどいと云うから、此度は大変よ。そしたら私、今井さんを負《おぶ》って逃げてあげましょうか。」
 今井はなお遠くを聞き入りながら、火鉢の縁にしっかとつかまっていた。
 その二人の様子を見比べて、辰代は怪訝な気がした。これまで二三度地震はあったが、それも此度のより強くはなかったが、澄子こそ恐《こわ》がってはいたれ、今井が恐がったためしはなかった。それなのに此度に限って……。そしていろいろ考え合してみても、今井は病気に違いない、と辰代は考えた。
 それにしても変梃な病気だった。今井は普通に食も進み、別段痩せた模様もなく、ただ力が失せ気が弱くなり身体がなよなよとしてきただけで、それも一方から云えば、あの変人が普《なみ》の人間に近よってきただけで、何処といって変った様子は見えなかった。
「何処が悪いのかしら?」
 そう思って辰代は、なお今井の様子に眼をつけた。すると今井は、万事澄子にも及ばないほどの弱々しさになっていた。――庭の木戸の輪掛金に、きつい差金を少し強く差込まれたのが、どうしても取れないで、今井はまごまごしていた。それを澄子は見かねて、
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