んだから。」
 そしてその芸者は、静葉のふざけた口調をまねた。
「失敬なことを、なんですか。」
 野口も一緒に調子をとった。
「失敬なことを、なんですか……失敬なことを、なんですか。」
「では、お先に失敬するわね。」
 静葉は笑いながらそう云って、島村に目配せをした。
 なんだかんだと、いろんなことのあるうちで、私の注意を惹いたのは、島村と静葉との視線が絶えず連絡されてることだった。何かを云い何かをする度毎に、彼等の眼は始終相手に注がれた。その視線は、たとえ如何なる人込みの中でも、如何なる酔狂な振舞の中でも、断ち切られることがないらしく見えた。そして今でも、静葉の目配せを受けると、島村はすぐにうなずいて、それからゆっくり立上った。
 二人はそのまま出て行こうとした。
 真先に気がついたのはおけいだった。彼女は呼びとめた。
「島村さん、どこへいらっしゃるの。」
 島村は向き直っていった。
「外へ出るんです。」
 そして彼は一寸皆を見据えた。額が蒼ざめて、口元に云い難い微笑を浮べていた。何でもない言葉であり、何でもない態度であるだけに、その中に籠ってるものが明かに感ぜられた、一種の挑戦と蔑
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