が入院中、僕は毎日人形を持っていってやった。それは僕にとって、純粋な楽しみだった。相手は誰だって構わない。婆さんでも、男でも、美しい姫君でも、子供でも、何んでもいい。ただそれが、例えば特定な清子と限定されると、種々な他の感情が交ってきて、人形を持って見舞ってやるという純粋な行為が毒される。……ね、そうでしょう。だから、毎日人形を持って見舞ったということと、僕が彼女を愛したかどうかということと、何の関係があるんです。島村さんにそれが分らない筈はない。そればかりか……あなたなら云ってもいいでしょう……長尾さんや大西さんの尻にくっついて酒を飲まして貰ってるとは、何たるざまだ、飲むなら彼等と対等に金を出しあって飲め、とそう島村さんは云った。僕は……僕は、それがなさけないんだ。島村さんから、そんなことで軽蔑されるのがなさけないんだ。清子なんかどうでもいい、ただ人形を持っていってやった……それと、同じじゃないですか。長尾さんや大西さんや、また、島村さんやあなたや、そのほかいろいろ僕は、酒代のお世話になってる……年も若いし金もないので、支払いの遠慮をしてる。だが、彼等から金を払って貰うことと、僕が酒を飲むことと、何の関係があるんです。向うで嫌なら、一緒に飲まなきゃいいんだ。僕は一人で飲むだけだ。たかってるんじゃない。ねえ、たかってるんじゃないんでしょう。金は誰が払おうと、自分で払おうと払うまいと、それが酒の味をうまくもまずくもしやしない。酒を飲むということだけが、僕の純粋な行為だ。相手が誰であろうと、たとえ、金肥《かねぶと》りの社会的寄生虫であろうと、利益の尻尾にくいこむダニであろうと……これは島村さんの言葉だが……何だっていいじゃないですか。王侯と飲むのも、乞食と飲むのも、酒の味に変りはない。相手によって味が変るのは、下等な下根《げこん》の奴だ。ここんところが、島村さんにはちっとも分らない。分らないのは仕方がないが、そのために僕を軽蔑する理由にはならない。ねえ、そんなめちゃなことはないでしょう……。」
 私は少々うるさく感じて、いいかげんの返事をしていた。するうちに、宮崎は突然調子をかえて、私の眼を覗きこんできた。
「あなたは島村さんとは非常に親しいので、何もかもよく御存知でしょうが、この頃、島村さんに何かあるんじゃないんですか。……この頃ひどく金に困っていられる、そんなことは僕も知っている。あんなに飲み廻っちゃあ、それは当然だ。それから、あの……静葉とかいう芸者ですね、あれと大変深い仲になっているとか、それも分ってる。島村さんと静葉と本当に愛し合おうとどうしようと、そんなことは構わない。ねえ、構わないでしょう。僕は反対はしない。然し、そんなことじゃないんだ。そんなことと全く関係のない、何か別な、僕たちが全然知らないような、何かがあるんじゃないでしょうか。僕には変な予感がするんだ。ねえ、あなたは知ってるでしょう。知ってたら僕に教えて下さい。島村さんは僕が最も尊敬してる人の一人だ。僕の芸術を理解してくれてる人の一人だ。いや、僕の好きな人なんだ。愛してる人と云ってもいい。その人が、この頃、僕の手の届かないところに行ってしまった。何かがあるに違いない。こないだ、酔っ払った時、きたないことはよせと云ってステッキで僕をなぐったことがある。その、きたないことっていうのが、全然肉体的の意味なんだ。だが、僕のどこが一体きたないんだ。僕の肉体のどこがきたないんだ。ねえ、どこがきたないんです。はっきり云って貰おうじゃありませんか。僕の身体がきたないとすれば、静葉の体臭のしみこんでる島村さんの身体なんか、もっときたないじゃないか。然し僕は、そんなことは問題にはしない。問題は……つまり、肉体的にきたないなんてことを云う、その言葉が、ばかに精神的だというところにある。肉体的なことについて精神的な云い方をする、そこが問題だ。たしかに、島村さんはどうかしている。何かあるんだ。近頃、小説を書いてるというじゃありませんか。」
 この最後の一句を、宮崎は声をひそめて、さも重大事らしくゆっくり云った。そして口を噤んだ。私はばかばかしくなった。島村が小説を書こうと書くまいと、そんなことこそ、どうでもいいことだった。それに第一、島村は時々文芸批評なんか書くことはあっても、あの哲学的な理知的な頭で、どうして小説なんか書けるものではない。彼が小説を書いてるとか、そしてそれにさも重大な意味があるらしく考えたりするのは、小説家たる宮崎の空想にすぎない、と私は思った。だが宮崎は、そのことを私によく考えて貰いたいとでもいうように、そして自分でも考えながら、暫く口を噤んでいたが、またふいに云い出した。
「たしかに、島村さんには、何かあるにちがいない。それだから、僕のことだって誤解してるんだ。僕
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