向平気なんだ。二人が愛し合ったら、面白い……そうだ、面白いとさえ思っている。それだけのことです。それがどうして分らないのかしら。みんな僕を誤解してるんだ。島村さんまで僕を誤解してるんだ……。」
そんな風に彼は私に説きたてるのだった。だが、本当のところは、私にもよく分っていない。この人形云々のことは、私達の間では当時有名な話だった。清子が盲腸の手術で二週間半ばかり入院していた時、宮崎は毎日人形を一つずつ買って見舞ってやった。盲腸の手術などは、外科医術の進歩してる今日では、腫物をつぶすくらいにしか当らないと、いくら云いきかせられても、清子はまだ安心出来ないで、病室の白壁に涙ぐんだ眼を見据えていた。手術がうまくいくか否かということよりも、自分の腹部が――肉体が切り裂かれるということに、直接の恐怖を覚えているらしかった。だが彼女のそうした気持などは、宮崎は一向に推察しようともせず、絶対安全の呪禁《まじない》をしてあげると云った。その呪禁というのが、毎日一つずつ人形を買っていってやることだった。一月末の寒中で、北風が吹き荒れることもあり、氷雨が降ることもあった。然し宮崎は、一日も欠かさず、人形を持って病院を見舞った。小さな安物の、奈良人形や面持人形や歌舞伎人形だったが、それが彼女の退院までには、枕頭の小卓の上に十七八も並んだ。人形を彼女に示してから、宮崎は楽しげに微笑んで、別に話をするでもなく、すぐに帰っていった。退院近くなると、彼女はベットの上に坐って、甘ったれた口を利いた。「あたし、あなたのちっちゃな妹みたいね。妹は今退屈してるのよ。親切な兄さんなら、ゆっくり話していって下さる筈よ。」彼は素気なく答えた。「いや、人形を持ってくれば、もう用はないんです。」そして帰っていった。退院後、彼女はそれらの人形を自分の室の机上に並べて涙ぐんだのだった。
そういうことが、「笹本」のお上さんの口から、また清子の口から、私達の間に知れ渡った。宮崎も隠そうとしなかった。だから私達は、初め、宮崎と清子は愛し合っているのだろうと想像した。然し二人はそういう様子が少しもなかった。殊に宮崎には、清子に興味を持ってる風さえ見えなかった。彼はつまらなそうに酒を飲みに来、酔うとやりきれないところを見せるが、それは清子とは縁遠いものから来てるらしかった。一体私達常習飲酒者は、誰もみな、世の中がつまらないような、何となくやりきれないような、謂わば危機めいた調子をどこかに持ってるものであって、それだから酒を飲むのか、酒を飲みすぎるからそうなのか、その点は甚だ不明瞭で、恐らくは両方だろうが、健全に溌溂と酔っ払う者は至って少い。そして何かしら刺戟がほしくなる。宮崎と清子との仲は何でもないと分れば分るほど、私達は当が外れた気持になっていった。いやそんな筈はない、僕が証明して見せる、と云い出したのは大西で、或る晩、酔っ払った揚句ではあるが、皆の前でいきなり清子をつかまえて、キスしてしまった。彼女は声を立て、また笑っていたが、次の瞬間、顔の肉を硬ばらせ、ひからびてると見えるほど大きく眼を見開き、じっと大西を見つめて、それから彼にとびかかって、真正面に、彼の口に自分の唇を押しあてた。「あなたが奪ったから、あたしも奪ったのよ。だけど……きたない!」そして彼女はビールのコップをとって、大袈裟にうがいをした。
全体が酒の上のことだとすれば、それまでであるが、然し、悪戯とするには、何だか過ぎたものがあった。清子はうがいをしてからも、宮崎の方へは眼を向けなかったが、視野の片端で彼の気配を窺ってることは明かだった。が宮崎は、眉こそしかめたが、それも一寸の間で、何の動揺も感じていない様子だった。そして愉快そうに酒を飲みだした。で結局大西の試験は失敗に終ったわけだが、それからは、「ビールのうがい」という言葉がはやり、大西と清子とは舞台めいた抱擁をしてみせることが度々あった。ばかばかしい話だが、私達はそれを拍手で迎えたりした。凡てが酒の上のことだ。本当のところは分るものではない。はっきりした話をするとなると、私は当惑せざるを得ない。其後のその事件全体が、今でもまだ、私には充分見透せないような憾みがある。なお、「笹本」のお上さんは、清子の病気なんかのため、だいぶ困ったらしく、大西の口利きで、長尾からいくらか金を借りたというのは、事実らしい。然し清子の態度をそれと結びつけて考えるのは、当らないと思われる。
宮崎が私にくどく訴えたのは、右のような事柄についてだった。彼は何か手酷しく島村からやりこめられたらしく、それを憤慨したり悲しんだりしているのだった。
「相手を……対象を無視して、自分の行為だけを味うことが、僕には出来る気がする。行為そのものの純粋な喜びや悲しみは、そうでなければ感ぜられない。清子
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