がいつ、不潔なことをしたか、さあそれを証明して貰いたいものだ。僕が清子を愛してるかどうか、それを証明して貰いたいものだ。行こう……。事実が証明してくれる。さあ、笹本に行こう……。」
 そんなわけで、私と宮崎とは遅くなってから「笹本」に行った。行ってみると、長尾と大西とが奥の室で飲んでいた。いつもの例で、一緒になってまた飲みだしたのである。
 茲で少し云っておきたいのは、「笹本」のお上さんのことである。彼女は本名かどうか分らないが皆から「おけい」と呼ばれていて、三十歳前後に見えるけれど、実は四五歳はもっといってるらしく、肥っているわりに肉がしまって、背の高い一寸見られる姿だった。眼に勝気らしい険があって、笑う時に大きな口が目立った。いつも酔ってるか、または酔ってるふりをしていて、よく饒舌った。芝居、料理屋、待合と、どこへでも誘えばつき合うけれど、始終家へ電話をかけて、懇意な客がきてるとすぐに戻ってきた。意外な人と知り合いだった。いつもふだん、黒襟の着物に丸髷を結っていたが、清子が来てからは、清子に日本髪を結わせ、自分は洋髪に結った。大抵の女は、日本髪より洋髪の方が若々しくなるものだが、彼女は不思議にも、鏝をあてないさっぱりした洋髪の方が、どことなく落付いて、云わばマダムらしく見えるのだった。そういうところに、彼女の顔かたちの特長があるとも云える。洋髪になると共に、彼女の態度には何となく取澄したところが出て来た。清子の外に、店には、頬の赤い少女が一人いた。
 私と宮崎がやってくると、おけいは愛想よく立って来て、饒舌りちらしながら五六杯応酬をして、それから清子と代った。清子はいきなり宮崎のそばにわりこんできた。
「あら、随分飲んでるわね。」
「当り前さ。酒でも飲まなきゃ、やりきれないんだ。」
 大西が、酔眼を据えて、苦笑した。
「それ見ろ、また一人ふえた。実際酒でも飲まなきゃやりきれない、そういう連中が次第に多くなっていくじゃないか。だから僕は、造り酒屋になろうというんだ。今に資本が出来たら、日本一のうまい酒を、日本一に安く飲ましてやる。これが一番効果的な、直接的な、社会奉仕だ。」
 清子はじっと宮崎の方を見てみた。
「何だか……変よ。」
「ああ……僕は逢いたい人があるんだ。」
 宮崎は突然叫びだして、ふらふらと立っていった。帳場でお燗番をしていたおけいのところに行って、身を投げだした。
「僕は逢いたい人があるんだ。」
「おい、宮崎、道化たまねはよせよ。」と大西が向うから呼びかけた。「古風な恋愛のまねごとなんかするなよ。……さけはなみだかためいきか……。」
 歌の調子が皮肉に響いたらしい。宮崎は戻ってきて、飲み始めた。然し、暫くたつと、また思い出した。
「僕は逢いたい人があるんだ。それとも、ないと思うか。」
「あるならあると、はっきり云えよ。逢わしてやろう。僕が引受けた。」
「君が、……へえー、お門違いだ。僕が逢いたいなあ……逢わしてくれる人はここにはいないや。」
 彼は一座を見廻して、それから私の肩へよりかかってきた。
「僕は……静葉……そうだ、静葉さんに逢って見たい。」
 一寸異様な沈黙がおちてきた。ただ、長尾が一人微笑していた。
「静葉に逢いたい……なら、逢おうじゃないか。ここに呼ぼうよ。島村がいなくたって、来るさ。」
「だめよ、およしなさい。」
 清子が、なぜか、むきになってとめた。
「あたし、そんなの嫌いよ。」
「おい宮崎、清ちゃんが、そんなの嫌いだってさ。」と大西が云った。「そんなのが嫌いだってさ。何とか云えよ。」
 私は、肩によりかかって顔を伏せてる宮崎が、泣きだすか叫びだすかしやしないかと、少々もてあましていたが、宮崎はすぐ身を起して、酒を飲み出したので、助った気がした。だが、一座の空気が、どことなく乱れていた。一体、島村は本当に静葉を好きなのか、静葉は本当に島村を好きなのか、そんなことから、話は男女問題に亘っていった。そしてこういう事柄になると、大西が最も自由放埓な意見を吐いた。大西ばかりでなく、凡て酒の上では、男はみな独身者になる。独身の男の話など、茲に誌すにも及ぶまい。然るに、一座のうちで真の独身者である宮崎は、中途から口を噤んで、空《くう》に眼を据えて、酒ばかり飲んでいた。それを相手に、清子がまた酔っていった。そんな話は聞いていられない、聞かないためには、酔うだけだ。そう云って、彼女は大きく叫んだ。おばさん、お銚子下さあい。ふらふらしながら、宮崎と肩を組み合した。ねえ君、飲もう。うん飲もう。細い首の上の大きな島田の髪が、まるで拵え物のように、力なくゆらめいているのを、長尾と大西はぼんやり眺めながら、ばかげた議論をくり拡げていた。何一つ身を入れて為すこともなく、莫大な親の遺産をもてあまし飲みつぶしてる、色白な温
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