容な小肥りの長尾と、表向きは保険会社員だが、あらゆることに首をつきこみたがってる、色の浅黒い筋骨の逞ましい大西とは、好箇の対照だった。だが彼等には共通の取柄があった。人の精神状態は、その生活状態に依るものであり、従ってその経済状態に依るものであるという、本能的な意識と、快楽は一人で味うべきものではなく、大勢で味うべきものだという、放埓な認識とである。そしてそのいずれもが、個人主義の範囲内に止っているので、彼等はやはり酒でも飲まなければやりきれないのであろう。私はこの点を彼等に許してやりたい。それで、彼等が島村のことを危ぶむのも、尤もだと思うのだった。島村の経済上の破綻は、やがてその精神上の破綻となるかも知れないし、彼が我々の間から失踪して、静葉と共に隠れるのは、情意の不健全を証するものかも知れなかった。要するに、彼等はもう島村を信用していなかった。島村はただ没落過程を辿っているものと思われた。そして、斜面を転り落つる石については、ただ見送るより外に方法はない。なまじい、手を出せば、自分の手を傷つけるばかりだ。而も島村はかなり大きな石だった。然し、私は心の底で、まだ島村を信じてるところがあった。それでも、もう随分と匙を投げたくなることがあった。彼はいつも私に借金の奔走を頼むのだった。静葉のことではない、外のことだ、と彼は云ったが、それはどうやら本当らしかった。然し何のために金がいるのかは打明けなかった。そして金額も、時によって大小さまざまだった。その上、いつも期限が切迫していて、一週間以内とか五日以内とかだった。私は自分の知人や彼から名指されたところを奔走して廻った。成功したのは一回きりだった。暫くたつと、彼はまた至急の金策を頼むのだった。不成功に終っても、別に悲観したような顔はしなかった。私には次第に彼の真意が――真相が――分らなくなった。尋ねても、彼はよく説明しなかった。それだけの金があればさっぱりしてしまうんだ、と云うきりだった。最後のは、可なりまとまった金額で、半端ならいらない、十日間のうちに頼む、というので、私はいろいろ物色した揚句、平素疎遠にしてる遠縁の実業家のところへ、極り悪い思いをしながら当ってみたところ、てんで問題にされずに、悲観してるところだった。
そういう場合だったので、島村が珍らしく……といっても私達の仲間に比べて珍らしく、「笹本」に姿を見せた時、私は不安な予感を覚えた。おけいが大袈裟な迎え方をしたので、奥の室の私達にもすぐ分ったのである。
「なあに、そうでもないけれど、一寸忙しかったから……。」
落付いた声で島村は云っていた。
「ああそう、丁度よかった。一寸呼んでくれませんか。用があるんだ。あとで飲もう。」
おけいから呼ばれるまでもなく、私は皆に断って、席を立っていた。土間の長卓の方には、客はなかった。その片隅によりかかって、島村は煙草をふかしていた。私はその顔を見て、異様な感じがした。少し痩せたなと思われるだけだったが、ひどく色艶がわるく、額が妙になまなましく、眼に鋭い光があった。元来彼の容貌は、高い頑丈な鼻を中心に精力的なものを持っていたが、その精力的なものが内に潜んでしまってるようで、額のなまなましい感じと眼の鋭い光とのために、生きた人形という印象を与えた。
「例のことなんだが……。」
彼は私の顔をじっと見た。私は眼を伏せて、うまくいかなかった旨を答え、心当りもなくなったことを打明けた。彼は落付いた微笑を示した。そこで私は云った、是非必要だというのなら、前に話したことのある方面に二三当ってもみようし、また彼の方で心当りがあるなら、それを全部駆け廻ってみてもよい、とにかく総ざらいをしてみよう……。
「いや、それには及ばない。心配かけてすまなかった。」
ばかに冷かな調子で、そして彼はまた微笑をもらした。
奥の室にはいると、大西は冷淡な眼で、長尾は落付いた眼で、私たちを迎えた。清子が飛び上るような声をたてた。
「あら、お一人? 後から来るんでしょう。さっきね、とても逢いたがってた人が……。」
「ばか、何を云ってるんだ、ばかな……。」
ほんとに怒ったらしい押っ被せる調子で、宮崎は叫んだが、同時に、真赤になった。
島村は平然と席に就いた。
「暫くぶりだね。」と長尾が云った。「この頃、あんまり飲まないのかい。」
「うむ、出来るだけ飲まないことにしてるんだが……。」
「そうでもないでしょう、島村さん。」と、おけいが銚子をもってわりこんできた。「ちっとうちへもいらっしゃいよ。あんまりよそを歩き廻らないで……。決して、くっついたり、殴られたりするようなことは、しませんから……。」
「なんです、それは……。」
「それ、井上さんと、銀座の何とかいうカフェーで……あれほんとでしょう。こうなんですよ……。」
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