席に坐った。二室ぶっ通しに使っていたが、狭い室なので、窮屈だった。島村に黙りがちで、煙草ばかり吹かしていた。彼の眼は先達より穏かで、なまなましい額には、淡く血色が出ていたが、何となく病的な疲労の感じがにじんでいた。
 そこへ、おけいが出てきて、一座をまぜっ返してしまった。一座は土間の腰掛の方へまで拡がった。私は何か不安な気持が消えないで、我知らずいろんなことに注意をしていたが、それでも酔っていって、もう記憶は断片的なものに過ぎない。
 清子が静葉にたのんで、煙草を買いにやらしてもらった。どこかで、宮崎に電話でもしたものらしい。
 宮崎が来たのはどれくらいたってだかよく分らないが、彼は一歩ふみこむと、そこに立止ってしまった。彼は眼が凹み、額から頬へかけた肉附がすっきりして、その両者が不調和な対照をなしていた。
「あなたの逢いたい人が来てるわよ。」
 清子は彼を静葉の方に引っぱっていった。どういうものか、二人は初対面だった。
 宮崎は静葉の顔をじっと見た。そしてそれきりだった。
「おい、宮崎君、握手をしよう。」
 島村は彼を方を見やった。
「僕とですか……。」
 宮崎は島村の眼を見入りながら、手を握りしめた。
「清ちゃん、お燗よ。」
 おけいはやたらに清子を使った。彼女は長尾の側に坐って、猫のような手附をしながら、しきりに饒舌りたてていた。
 私は島村に、金の都合がついたのかと聞いた。つかないが、済んだ、と彼は答えた。都合がつかないが済んだ、その言葉が謎のように長く私の耳に残った。
 野口は芸者相手に、サンドウィッチの話をしていた。彼は三十幾種かを知っていた。牡鶏のとさかのはとてもうまいが、拵え方が下手では食えないそうだった。
 宮崎が静葉の膝にすがって泣いていた。訳の分らないことを呟いていた。ふいに、だめよ、と静葉は叫んだ。と同時に、そこは室の上り口で、宮崎の身体は土間に転げ落ちた。なかなか起上らなかった。
「あら、御免なさい、どうかしたの……。だめよ、人の乳をつっつこうとしてさ。」
 あやまるのとおこるのと半分ずつにして、静葉は助け起そうともしなかった。
 宮崎は起き上ると、ふらふらと、島村の首にすがりつきにいった。
「強いね君は……ようし、僕と相撲をとろう。」
 野口の癖が始ってきた。
「およしなさいよ、また……。恐《こわ》いわよ、静葉さんは。向う見ずにひっぱたくんだから。」
 そしてその芸者は、静葉のふざけた口調をまねた。
「失敬なことを、なんですか。」
 野口も一緒に調子をとった。
「失敬なことを、なんですか……失敬なことを、なんですか。」
「では、お先に失敬するわね。」
 静葉は笑いながらそう云って、島村に目配せをした。
 なんだかんだと、いろんなことのあるうちで、私の注意を惹いたのは、島村と静葉との視線が絶えず連絡されてることだった。何かを云い何かをする度毎に、彼等の眼は始終相手に注がれた。その視線は、たとえ如何なる人込みの中でも、如何なる酔狂な振舞の中でも、断ち切られることがないらしく見えた。そして今でも、静葉の目配せを受けると、島村はすぐにうなずいて、それからゆっくり立上った。
 二人はそのまま出て行こうとした。
 真先に気がついたのはおけいだった。彼女は呼びとめた。
「島村さん、どこへいらっしゃるの。」
 島村は向き直っていった。
「外へ出るんです。」
 そして彼は一寸皆を見据えた。額が蒼ざめて、口元に云い難い微笑を浮べていた。何でもない言葉であり、何でもない態度であるだけに、その中に籠ってるものが明かに感ぜられた、一種の挑戦と蔑視とが。殊にその微笑は、打撃の効果を意識してる者のそれだった。緊張した空気が流れた。瞬間に、静葉が云った。
「では、皆さん、失礼……。」
 長く引張った失礼の発音が、その緊張を皮肉なものにした。誰も口を利かなかった。二人は出ていった。
 宮崎が、長卓の上の灰皿を土間に叩きつけた。清子はそれを引止めたが、宮崎はなお、転ってる灰皿の破片を足で蹴散らした。険悪な空気になった。おけいは真蒼な顔をしてつっ立っていた。
「追い出して下さい、乱暴な……。」
 呆気にとられていた野口が云った。
「一体どうしたんですか。」
 清子が一緒になって灰皿の破片を蹴散らしてるのを見て、おけいは歯をくいしばって、酒をぶっかけようとした。
「呆れた人たちだ。」と野口はまたいった。「まるでヒステリーだ。」
「ええ、ヒステリーでしょうよ。」
 おけいはしゃくりあげると同時に、屈みこんで、長尾の肩に顔を伏せた。
 二人の芸者は眼を見張っていた。
 そしてそのまま、潮が引くように、その場は納ったのであるが、そうした情景の底に、捉え難い不安が濃く淀んでいたのである。私はその責を誰にも何物にも着せようとは思わない。ただ、こうし
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