匹ばかりいるきりである。そのいし亀とくさ亀にしても、初めは、甲羅が美しく均勢のとれたものを吟味して集めたのだが、長く飼養しているうちに、徐々にではあるが勝手な成長をし、また汚れはてて、ごく平凡なものとなってしまった。――その代りよく人に馴れて、手を差出せば指先をしゃぶって、食餌を請求するほどになった。人間にばかりでなく、猫にも馴れてきた。家に二匹の猫がいて、漆黒の親猫の方は、もう亀などを見向きもしないが、純白の仔猫の方は、しばしば亀の囲いの中にはいりこんで、珍らしそうに亀たちをからかっていたが、遂には互に馴れてきて、魚の生肉などを與える[#「與える」は底本では「興える」]時には、同じ皿のものを仔猫と亀と仲よく食べてる始末である。
 無心で亀を眺めるのは楽しい。あの重い甲羅を背負って、水中を泳いだり地上を匐ったりしてる時、その緩慢な動作のうちには、少しも齷齪焦躁の気はなく、ひどく悠然たるものがある。だが、日光の直射にじっと甲羅を干しながら、頸を長く伸ばして四辺を眺め、やがてその頸をひっこめて静まり返る時、その熱せられた甲羅の内側には、如何なる夢想がはぐくまれることであろうか。亀を眺める人
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