らず。」
イブン・サウドは大抵三人の妻を養い、四人目は空席にしておくことが多かった。このことだけでも、アラビアの王室に於ては道徳的と云われるだろう。そしてこのために、イブン・サウドは何等戒律にそむくことなしに素晴しい芝居が打てたのである。
私は先般、上海の租界裏町で、数名の人々と回教料理を味いながら、老酒の酔がまわるにつれて、イブン・サウドのことを思い出したのである。
回教料理は面白い。初めに幾種類かの前菜が出て、それからいよいよ羊の肉となる。食卓の中央に焜炉が据えられ、焜炉の上の鍋には、真中に小さな煙筒がつきぬけていて、下の火力が衰えないようにされている。羊の肉は薄く切って、径十五センチぐらいの平皿に河豚の刺肉のように並べてある。それを一切ずつ箸でとって、ぐらぐら沸立ってる鍋の湯に浸し、各自の好みに合う程度に自ら煮て、したじにつけて食べる。そのしたじの薬味が大変で、各種の醤油や酢や味噌や葱や香料など、十種類から十五種類に及ぶものを、これまた各自の好みに応じて自ら調合するのである。
羊肉の皿は次々と運ばれてくる。沢山食べるほど豪いとされている。空皿を自分の前にうず高く積上げるの
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