沈め、数分たって引上げれば、網の中には多くの蝦が群れている。この密漁の手長蝦を芝蝦の代りにして、お好み焼の材料に使い、客に売りつけた男があったが、これなど沙汰の限りと云うべきであろうか。
 不忍池の鰻は、なお一層、その道の人には有名である。田端の方から根津の低地をへて、不忍池に流れこむ川があり、これが今は暗渠となって地下に隠れているが、その川水が池に注ぎこむところに、水門が設けてあり、そこに大きなマンホールがある。夜中にこのマンホールの蓋をあけて、勇敢に中にはいりこみ、水門口に網を仕掛けておけば、数時間にして笊一杯ほどの鰻が捕れる。尤も、降雨後などの特殊な事情で、鰻がやたらに活動する時に限るのである。――この大胆不敵な密漁の鰻を、知らずして、料理屋などで食べた者も多かろう。だが密漁者たちは、決して幸福には終らなかったとかいう。マンホールの中の幸福など、どうせ悪魔的なものに違いない。
 君子は……と云えばおかしいが、道を楽しむ者は、収獲の多きを望まない。二三びきの小魚を楽しむ子供等に似ている。釣りをたしなむ人に之を聴こうか。
 信州の佐久郡あたりでは、稲田に鯉を飼う。植付けの後、鯉の子を
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