々ある。屡々あるが、然し意外に――私などが意外とするほどに――少い。学院の立前としては、外出後の所業だけが問題であって、無断外出はさほど恐れない。余し実際に於ては、恐れるほどに多くはないのである。
 これが普通の少年少女であったとしたら、たとえ無断外出を厳禁されたとしても、案外に禁を犯す者が多かろう。然るに院生等には意外なほど少い。特殊の個人には何回も繰返して禁を犯す者もあるが、一般的にはごく少い。これは彼等に対する平素の訓育の効果もあろうし、学院の院風といったものの作用もあろうが、然し、彼等がこの禁制に意外なほど従順なところに、或る人は、彼等自身の憂鬱を見て取る。何かしら過去の所業から来る重圧のもとに、そうした一種の諦めに似た憂鬱さに陥ってるところに、そしてそこには自発的自己鍛錬の心が少いだけに、或る人は、彼等に対する不憫さを覚ゆる。
 だが、この或る人の感懐にはまだ私心があろう。吾々の道徳は、大体地理的境界に基くところが多い。吾々は実際、デパートには自由に出入しても、単に品物を見るだけのために普通商店にははいりかねるし、開け放してある人家に好奇心ではいって行くことは出来ない。普通の
前へ 次へ
全40ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング