ール、三は時計、四はナイフ……という工合に客の任意に指定させておいて、さて、三と云えば時計という風に直ちに答えるのである。ところで、その記憶の仕方だが、品物と数字とはなかなかくっつけられるものではない。最も容易く覚えるには、自分の自宅から一軒目二軒目三軒目と、はっきり頭にある人家を規準にして、一軒目のあの家には煙草、二軒目のあの家にはビール……という工合にくっつけるのである。少しく練習すれば、自分でも驚くほど上達するそうである。――誰から聞いた話だか、今私は覚えていない。即ち、その人は忘れてしまったが、その方法、人家ということはよく覚えている。
 また、吾々が日常通る道筋、例えば自宅から電車停留場まで行く街路や、勤務先まで行く交通機関や、梯子酒の常習者ならばその飲みまわるコースや、広い家屋ならばその奥の室から湯殿へ行く廊下など、それが一筋でなく幾筋もあり得る場合に、何かのことで一度決定した時、人は大抵いつも同じ道筋を倦きずに繰返すものであって、その習慣は容易に破り難い。犬に等しいのである。
 だから……と云ってはあまり飛躍しすぎるけれども、リイラダンの「ヴェーラ」に於て、ダトール伯爵はその最愛の夫人ヴェーラの死後、その居室を彼女の生前の状態通りにし、彼女と二人で暮していた時と同様の日常を続け、そこに閉じこもっていたところ、遂にその室――長椅子、衣裳、煖炉棚、宝石、香料、寝台、花瓶、ピアノ、楽譜、窓掛、其他さまざまのもの、その全体が、彼女の生前同様の雰囲気で生き上り、その中心にある空虚が、次第に凝り、彼女の形態を取り、そこに彼女が身を置けば凡て満たされるばかりになり、而も未だその空虚はそのまま、じっと持ちこたえられて、今や極限に達し、崩壊の危機の瞬間に、彼女と全く同質のその空虚は、忽然と彼女を出現させた……。
 場所は空虚を許容しない。全部崩壊か空虚填充があるのみである。――幻覚を以て譬うれば、長い不在の折など、自分が日常坐り続けた自室の、自分がいないその丁度空しいところに、自分の姿がじっと坐ってはいないであろうか。

      C

 猫はその習性として、始終自分の身体をなめている。あのざらざらした舌でなめるのだから、ともすると毛が唾液と共に嚥下され、その毛がどうかして胃袋のなかに停滞することがある。すると猫は草の葉の尖いもの、芒や茅などのような葉を、短く噛みきっ
前へ 次へ
全20ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング