中では、そのひとがすっかり成人していて、私と同じぐらいの年配になっている。顔立や衣類のことはよく分らぬが、髪の恰好だけは分り、そのひとだということが最も確実である。それが、すぐそこに、黙って坐っている。なにかほのぼのとした幸福な感じだ。夢がさめても、香りに似た後味がなつかしく、瞼を閉じたまま半顔を布団の襟に埋めて消え去った夢のあとを追っていると、いつしかまたうとうと眠ったらしく、こんどは、十年前に亡くなった親しい女人のことを夢みた。この人は時たま夢に出て来ることがある。上体しか分らず、なにか仄暗い不吉な感じである。不運とか災難とかいうようなものを、私に予告したがってるかのようだ。これは用心しなければなるまい、とぼんやり思いながら、その夢の消え去ったあとを追っていると、また眠ったらしく、こんどは、嘗て別れたまま消息不明になってる愛人のことを夢みた。これも時たま夢に出てくるひとで、立ち姿の背がすらりと高く、じっと遠くを眺めている。何かを待ちうけてるようで、そして、温いが淋しい感じだ。なにか言ってやりたい、と私は思うのだが、その言葉が見つからないうちに、夢は消えてしまう。
そのようにして、
前へ
次へ
全21ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング