一人よ。いいでしょう。」
私の全身に押っ被さるように、照代は私に抱きついて、涙ぐんだ。そのような、情熱というか、感傷というか、それがたとえ一時にせよ彼女にあるのが、私には意外だった。私は言葉少く、黙りがちで、まじまじと彼女を見守った。
大きく井桁を散らした青っぽい着物に、赤い縦縞の丹前を引っかけてる彼女は、そのしゃくれ気味の長めの顔と共に、いつもよりか勝気らしく老けた感じだ。
「なにをそんなに見ていらっしゃるの。」
「今日は、君の顔がちょっと珍らしく見えるんだ。」
「ひとりっきりの寝顔を、ごらんなすったからでしょう。」
私は苦笑した。
「あたし、お多賀さんに、すっかり聞いたわ。あなた、気紛れねえ。ひとの眠ってる顔を見て、なにが面白いのかしら。」
光りがちらちら浮いてるように見える眼で、彼女はもう笑っていた。お多賀さんに話を聞いて私の真剣な愛を知ったなどと、生意気なことを言う彼女よりは小首をかしげて笑ってる彼女の方が、私には気安いのだ。
それにしても、先刻のことは半ば夢だったのかしら。いやそれよりも、夢の実現とかいう私の意気込みは、どうなってしまったのか。
腕がちくちく痛み、
前へ
次へ
全21ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング