った。息もしなかった。死んでるのか。いや、両眼を開いてることだけに生きて、私をじっと見ていた。
突然、私は竦んだ。言い知れぬ恐怖に囚われた。言葉も出なかった。じりじりと、逃げるつもりか、乗り出してその眼を押えるつもりか、或は雪洞の明りを消すつもりか、自分でも更に分らないが、ただじりじりと動くつもりで実は、ぱっと飛び上ったらしい。
瞬間、私はひどい衝撃を受けてぶっ倒れた。後で分ったことだが、私の横手に小机があり、茶菓用の陶器や硝子器がのっていて、私はそれにぶっつかり、器物を破損し、腕を傷つけ、倒れるひょうしに頭を強打した。酔ってる時には人は怪我をしないものだと言われるが、これは嘘らしい。時と場合に依るものだろう。もっとも、私の怪我は大したものではなかった。
傷の手当や後片付けがすむと、私と照代は、炬燵に火をいれてあたり、あらためて酒をくみ交した。一時は喜久ちゃんまで起きてきたが、やがて、お多賀さんとともに寝てしまった。
「ご免なさい。ね、許して。あなたが、そんなに真剣に、愛していて下さるとは、思わなかったのよ。あたし、もう何もかもいや。どうなったっていいの。あなた一人、ね、あなた
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