火鉢も、三味線も、衣桁になげかけられてる衣類も、其他すべて、ぼーっとくすんでいる。赤塗りの本箱の上に、花器に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]してある菊は、葉がしおれかけ、白と黄の花輪も艶を失っている。彼女自身、枕頭近くの水差やコップと同じよう、呼吸もないほど静まっている。
その、彼女の眼が、いつ開いたのか、両方とも大きく開いて、私の方へ向けられていたのだ。あ、私は息をつめて、その眼に見入った。睫毛を上下にはねて、ただ黒々と、底知れぬ深さを湛え、その深みの奥へ奥へと私を引きずり込もうとしている。
とっさに、私は思い出した。いつの頃とも、誰とも、それは分らないが、私は同じような眼を見たことがある。死体の眼だ。病死か変死か、それも分らないが、或る死体の両眼が、ぱっちり開いて、じっとこちらを見ていた。そして私を、私全体を、その真黒な底なしの深みへ、引きずり込もうとしていた。抵抗出来ない眼だ。死体の眼はつぶっていなければいけない。開いたままにしておいてはいけない。あまりに恐ろしいことだ。
その眼が、いま、そこにあった。彼女は寝たまま、身じろぎもしなか
前へ
次へ
全21ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング