しい花を飛ばした布団が、何の重みもなさそうにふうわりと彼女を覆っていた。タオルをつけたその襟の下に、彼女の顔は半ば隠れ、二枚の敷布団と二つ折りのパンヤの枕の厚みの中に、半ば埋まっていた。かきあげた束髪の毛並は濡れてるような感じで、額と頬の皮膚は脂を拭き去ったような感じである。ふくらみかげんの瞼に少しく赤みがさし、すっきりと高い鼻がへんに白い。すやすやと眠ってると言うのも、言いすぎに思えるほど、寝息がない。
 なにか違う。
 私は気付いた。枕がいちばん違ってるのだ。春乃家では、彼女はいつも赤い箱枕を使った。二つ折りのパンヤの枕など、彼女について私は想像だにしなかった。寝息がないのもその枕の故だろうか。かすかに酒の匂いのこもった芳ばしい呼吸、時おり胸をふくらますあの呼吸は、どこへ行ったのか。
 私は室の入口近く、彼女から少し離れ、両膝をそろえて坐り、彼女の様子をじっと窺ってるのだった。身動きをすれば、こちらを向いてる鏡台の鏡の中に、それが一々捉えられるかも知れないと、怖れがあった。鏡台掛の桃色の布が、下されていないのである。その鏡だけが、室の中で生きてるのだ。衣裳箪笥も、用箪笥も、小さな長
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