されることがある。寝台車の喫煙室の方に行ってみても、そこはまだ寝ずに語りあってる人々でふさがっているし、食堂も満員だし、彼はまた普通車の方に戻ってきて、室の隅に、或は連れの者の側に、佇むの外はない。而もすぐ近くには、二人分の座席に寝そべっている者が幾人もあるが、身を起して半分の席を譲ろうとする者もなく、通りかかる車掌も、この不公平な有様に無関心らしく、座席の整理などはしてくれない。漸くして、多少親切な人の情けによって、座席を得るのを待つだけである。
二人分の座席に寝そべってる方の人々にも、いろいろ口実はあろう。ひどく疲れてるのに寝台がとれなかったとか、或は自分が起きて席を譲らなくても、誰かがそうしてくれるだろうとか、兎に角、寝そべってるのが自分だけでないというのが口実になるのであろう。
それにしても、立ってる方の人が、なんと温和なことか。彼は別に渋面もしていない。寝てる人を起し、或は車掌に頼んで、一人分の座席の当然の権利を主張することもしない。ただ誰かが自発的に席をあけてくれるのを、気長く待ってるだけである。
朝鮮や満洲や北支などの列車内で、日本人が威張りちらしてるというような話
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