は、よく聞かされるところである。然るに、東海道線の夜の二等車内の光景は、それに相反するものであって、これを、何と解釈したらよいのか、兎に角、なごやかなことである。而も、立ってる方と寝そべってる方と、直ちに地位を変り得るのだから、更に妙である。或はこういうところに、日本人の集団戦闘に強い所以があるのでもあろうか。

      F

 これは少しく一般的なことになりすぎるが、東京を訪れた外国人の印象として大抵、事変下の帝都の有様が平常と余り変りないのを驚歎的に語ってることが報ぜられている。実際、帝都の有様は平常とさほど変ってはいない。だがそれかといって、徹底的な灯火管制でもやれというのか。酒や煙草を全廃せよとでもいうのか。全部下駄ばきにでもなれというのか。常住不断に深刻な顔をでもせよというのか。
 帝都の有様は、事変下にあっても悠然としている方がよかろう。考えてみれば、大都市にあっては、直接の銃後の勤めなるものが存在し難い。如何に精神を緊張さしても、各自の日常の仕事に精励する以外、直接には、消費面の節約以外に為すべきことが見出し難い。農村にあっては、出征者が最も強力な勤労者であり、出征者
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