せる」
 だんだんひどくなって、横《よこ》から吹《ふ》きつけてくる風を、マサちゃんは不平《ふへい》そうにながめて、それから決心して、目かくしをして歩きだしました。
 自分の足のくせと、横《よこ》から吹《ふ》いてくる風の力とを、マサちゃんは頭《あたま》において、けんめいにまっすぐに歩こうとしました。風は時をおいてさーっと吹《ふ》きつけてきました。
 ――風にまけてなるものか。
 マサちゃんは歯《は》をくいしばって、進《すす》んでいきました。
「ばかー……」
 おや、と思ったが、気のせいのようでした。けれど、またさーっと吹《ふ》いてくる風が、顔《かお》をなでて、目かくしのハンケチの下の耳もとで、
「ばかー、ばかー……」
 マサちゃんはがまんしました。
 それでも風は、また吹《ふ》きつけてきて、耳もとで声をたてました。
 もうしんぼうができませんでした。いきなりどなり返《かえ》してやりました。
「ばか、ばかー」
 風もどなりました。
「ばかー、ばかー」
 マサちゃんも声をはりあげてどなりました。
「ばか、ばかー」
 見ていた子供たちはびっくりしました。かけていって、マサちゃんをひきとめました。が、マサちゃんは、目かくしを取られても、風が吹《ふ》いてくると、その方へ向《む》いてどなりました。
「ばかー、ばかー」
 みんな心配《しんぱい》しました。マサちゃんが気狂《きちがい》になったのだと思いました。そしてむりに、家《うち》へ連《つ》れかえりました。途中《とちゅう》でも、マサちゃんは風に向《むか》って、「ばか、ばかー」とどなっていました。

     四

 家にかえって、しずかな室《へや》の中におちつくと、マサちゃんはもうどなりもせず、夢《ゆめ》からさめたように、きょとんとしていました。
 お父さんとお母さんとが、心配《しんぱい》そうにマサちゃんの様子《ようす》をながめました。
「どうしたんですか」とお母さんがたずねました。
 マサちゃんは、目かくしをしてまっすぐに、歩きっこをしたことを、話しました。それから風のこと――。
「風が、ばかー、ばかー――とわるくちをいうから、僕《ぼく》も、ばかー……といい返《かえ》してやったんです」
 お父さんは笑《わら》いました。
「それは、お前の方がばかだよ。風にさからってもつまらない。風というものは、強《つよ》くなったり弱《よわ》くなった
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