り、息《いき》をついて吹《ふ》くから、その中をまっすぐに歩くのはむずかしいよ。木の葉《は》だって、まっすぐに落《お》ちたり、ななめに吹《ふ》きとばされたりしてるじゃないか」
硝子戸《ガラスど》の外には、まだ風が吹《ふ》いていました。庭《にわ》のすみにある椎《しい》の木の古葉《ふるは》が、一つ二つ散《ち》っていました。風に吹《ふ》かれて横《よこ》にとんでるかと思うと、風がちょっと息《いき》をする間《あいだ》、まっすぐに落《お》ちます。かと思うと、またさーっと風がきて、葉《は》はひらひらと吹《ふ》きとばされます……。
「風って、息《いき》をするんですか」とマサちゃんはいいました。
「うむ、息《いき》をするよ。息《いき》をするというより、風は息《いき》なんだよ」
「なんの息《いき》?」
「なんの息《いき》って……。どういったらいいかなあ、空気《くうき》の息《いき》、神様《かみさま》の息《いき》、いろんなものの息《いき》……ただ息《いき》だよ」
「ただ、息《いき》だけ?」
「息《いき》だけだよ」
「ばかな奴《やつ》だな」
お父さんは声たかく笑《わら》いました。マサちゃんもお母さんもいっしょに笑《わら》いました。
硝子戸《ガラスど》の外には、椎《しい》の葉《は》がときどき散《ち》っています。小鳥が鳴《な》いています。夕方の赤い日が空にさしています。そして風は、息《いき》をついてはさーッさーッと吹《ふ》いています……。
「ばかな風だな」
マサちゃんははればれと笑《わら》いました。
底本:「天狗笑い」晶文社
1978(昭和53)年4月15日発行
入力:田中敬三
校正:川山隆
2006年12月31日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全4ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング