つきました。彼女は左上の前歯二枚が義歯で、それから下唇の左方に小さな皺――傷痕があるんです。
おや、と思った気持が、彼女の顔に対する見覚えと絡みついて、はっきりしてきました。思いだしました。僕は思わず、彼女の顔を見つめながら、微笑みました。彼女は怪訝そうに僕の顔を見ています。
話はもう十四五年前のことに戻りますが、僕がまだ医学生だった頃、伊勢の山奥に行ったことがあります。そこのごく辺鄙な山間の町に、遠縁に当る人が医者をやっていたものですから、奈良の方を一廻りしたついでに、一寸寄ってみたのです。そして四五日、山間の静寂な空気に浸っているうちに、ある日とんでもないことになっちまいました。
町から峠を越して二十町余りもある小さな村から、先生にすぐ来てくれって呼びに来たものです。何でも村一番の金持の御隠居が※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]の骨を外してしまったというのです。ところが丁度その日、肝心の先生が感冒をひいて熱を出して寝てる始末です。代診だの俥だのは勿論ないし、峠道を二十町も歩いて行けやしません。そこで先生は――僕の親戚に当る人ですが、東京から若い豪い博士が来てるがそれ
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