た。
 ところで、問題はその子供ではなくて、母親の方です。お召ずくめの隆とした服装のハイカラな若い婦人ですが、初め一目見た時から、どこかにはっきり見覚えがあります。それがどうしても思い出せません。勿論僕のところにはいろんな子供の患者が来ますし、随っていろんな母親も来ますが、そういった患者としての見覚えとはまるで違った、ごく遠いそして非常に親しい、云わば私交的な見覚えです。患者の診察を済してからも、それが変に僕の気にかかりました。
 母親と患者とは、二三日置きにやって来ました。病名や其他いろいろ云ってきかせましたが、それでもまだ安心がならないと見えます。そして三回目には、僕の方でも病原をつきとめました。十二指腸虫の寄生がそれです。病原と云っても根本の病原で、それから来る営養不良や神経発作や、まあいろんなことが重って舞踏病を誘起したらしいんです。
 そこで凡てのことを母親に話して、舞踏病の方が少し静まってきたら、入院して十二指腸虫を駆除するがよいだろう、ということに話がきまりますと、母親は初めて全く得心がいったように、晴れやかに笑ったものです。その時……僕も迂濶でしたが……その時初めて気が
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