味気なく思われることが多かった。そしてそんな時、父を思うことは私の力となった。何故だか私自身にも分らないが、父を思うと必ず私は、この通り立派に働いて暮しています、とそう父に云いたい気がしたし、どんなことにもへこたれるものか、という勇気が湧いてくるのだった。
 それは、父を安心させ慰めたいのとは違う。男の意気地とも違う。しっかりしていなければ父に済まない、そういった気持である。お父さん、あなたの子は健在です、立派な生き方をしています、と父に向って――天に向って、叫びたい気持である。
 母に対する感情は、常に私をしみじみと落付かせてくれる。
 私は嘗て、頽廃的な自暴自棄な生活に陥りかけたことがある。尋常なことは凡て面白くなくなって、何か非常識な突飛なことばかりに心惹かれた。明るい輝かしいものが厭わしく、暗い悲惨なものばかりが好ましかった。昼間はぼんやりと下宿の室に籠っていて、夜になるとのこのこ出かけてゆき、都会の暗い穴を探し求めるような気で、酒を飲んだり彷徨したりした。最も多く狂人に出逢ったのも、最も多く無駄な金を使ったのも、最も多く健康を害したのも、最も多くドン・ファン的な気持になったの
前へ 次へ
全10ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング