とを、私は知らないではない。そして私のそういう熱意は、今の所では父と母とのことを書く方へ向ってこない。
 それ故に私は、父と母とのことを書くのを止めて、父と母とに対する私の感情を書くことにする。それならば書ける、何の妨げもなしに書ける。そして、父と母とのことが書けない理由をくどくどと述べた所以も、それがやがて、父と母とに対する私の感情の一部をなすものであるからである。
 私は自分の一身上のことについて、父母と真面目な話を交わしたためしが、殆んどない。思想とか感情とか、そういった方面についても、父母と真面目に語り合った記憶がない。それは、十五歳の時中学校にはいってから、父母の膝下を離れて暮してきたために、私はいつまでも父母にとっては甘えっ児にすぎなかったからでもあろうが、単にそればかりでもなかったように思われる。親と子という関係に対する、余りに微細な鋭敏な感情が、私のうちに常に働いていたために、また掌中の玉を愛しいたわるというような、盲目的な一図な愛情ばかりが、父母のうちに常に働いていたために、私達の間には真面目な話題が顔を出さなかったものらしい。
 それが、今になって考えると、非常に淋
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