一緒に死ぬことが出来たら、或は幸福だったかも知れない。だが、そんな幸福に甘えてはいけない。

 正夫よ、窮迫のうちにあった君の父に、君が一の重荷となったであろうことは、君にも想像がつくだろう。
 老婢がよく家庭の中を整えていてくれたので、父は君について細かな面倒をみてやる必要はなかった。然し父は時として君の死を想像することがあった。君が風邪の気味だったり、胃腸を少し害ったりする時、父は君の健康に細心な注意を払いながら、それと同時に、君の死を考えることがあった。
 それは君に対してばかりではない。両親がある時にはその死を、妻がある時にはその死を、彼は幾度か夢想したことがある。そしてこういう種類の夢想は、一の願望にまで高まる危険性が多い。
 それは淡い漠然たる反抗であり、孤独放浪の気まぐれな憧れだった。親を捨て、妻を捨て、子を捨てて、何かに随うというような積極的なものではなく、その随うべき何かが全然欠如した、単なる憧れにすぎなかった。そしてそういう憧れは、逆に、愛情の深さ切なさをしみじみ感じさせるものだった。
 父は酒に酔って彷徨し、一晩も二晩も家を空けることがあった。その間君は、老婢と二
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