した。
「秋山の死顔は、美しいとは思いませんか。」
矩子は無言だった。
「苦しんでじりじり死んでいくより、幸福だったに違いありません。秋山のためにも、あなたのためにも……。」
矩子は硬直したような顔をあげて、彼の眼を見入った。それから突然、そのままの眼からはらはらと涙をこぼした。涙をこぼしながら、彼の眼を見入っていた。彼はその視線の痛みに堪えかねて、顔をそむけた。
「分りました。」と矩子は一言云った。
その言葉に、彼はぞっと全身に冷いものを感じた。そして彼女を促して霊室の方へ戻っていった。
「あたしのためには、ちがいます。」
低い声で云われたので、彼が振向いてみると、矩子は唇をかみしめて、小さく首を振っていた。
それから彼はもう矩子に近寄らなかった。何か復讐に似たものが、彼の胸の中にとびこんできたのだった。現在が大切か未来が大切か、そんなことを彼はぼんやり考えていた。
正夫よ、秋山が自殺に用いた拳銃は、その後あやふやのうちに、元来の所有者たる君の父の手許に長く溜った。今でも君のところにあるかも知れない。
それから、後で分ったことだが、秋山の僅かな預金のうちから、使途不明
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