君の父は云った。「当人が自白してこない限り、皆の者が互に疑うだけで、きりがつかないだろう。」
 その通りに違いないのだ。そして皆でその中の一人一人を順々に取調べるわけにもいかなかった。銃砲店を少し聞き合せてみよう、と父は云いだして、新らしく買ったのでないことの明かなその拳銃を預った。
 だが、彼は拳銃を預っただけで、銃砲店の方は少しも聞き合せなかった。それよりも彼は初めから、矩子の様子に眼をつけていた。
 自殺は夜の明け方になされた。知らせを受けて、彼がかけつけた時には、死体はもう綺麗に始末してあった。彼はその顔の白布をとって眺めた。弾は口腔内の上顎から後頭部にはいって、一発で即死とのことだった。まったく生きてた通りの顔付で、死相というものが殆んど見られなかった。眉根によってる深い皺と、つぶった眼瞼のまるい脹らみとがありありと彼の生前の面影を伝え、ただ、口から顔へかけて、ひどくしぼんで淋しかった。
 その顔を、君の父は身動きもせず石のようになって、二三分間も凝視していた。死人によりも彼の態度の方に、より厳粛なものがあった。それから彼は死顔に白布をかけて、ふいに、滑稽なほど丁寧に上半身を
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