場にいた。
千枝子は未亡人の縁故者だったので、洋介のことは前から知っていたが、親しく接するのは初めてだった。洋介は博多港からの電報と殆んど前後して、飄然と帰ってきた。千枝子は古い女中のお花さんと一緒に、彼を迎え入れる支度にまごつき、次いで、玄関では、彼の荷物の少いのに却ってまごついた。彼はさっさと茶の間へ通った。そして彼が少しくくつろいだ頃、千枝子はしとやかに室へはいって、襖ぎわに両手をつき、低くお辞儀をした。
「お帰りあそばせ。」
それきり、顔がなかなか挙げられなかった。
未亡人房江が、彼女を洋介に引きあわせ、近くへと差し招いたが、彼女は席を進めかねた。その時のことが、彼女に一種の地位を決定してしまったかのようだった。つまり、小間使めいた地位に彼女を置いたのである。後になって、彼女はそのことを考えてみた。なぜもっと率直に振舞わなかったか、お帰りあそばせなどとどうして言ったか、それを考えてみた。然し自分でも訳が分らなかった。而も一度決定した地位からは容易にぬけ出せなかった。それかといって、彼女は小間使の仕事をしたわけではない。洋介の身辺の世話は、房江の手で、更にお花さんの手で、す
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