の、好悪の念があったようだ。好きだか嫌いだか、それが根本の問題で、あとはただ漠然とした言葉となって現われた。だから表面上、彼は多くのことに無関心のようにも見えた。
やがて彼が、文化研究所を高石老人の家に移転さしたい、さもなくば閉鎖したいと、漠然とではあるが強硬に言い出したことは、周囲の人々を驚かした。
それから、これは一部にしか知られていないことだが、彼は酒場「五郎」のある建物を買い取った。戸村直治のひそかな斡旋によるものだった。刳貫細工物の問屋は多年の不況で、その建物を売りたがっていたのである。そして売買は行われたが、表面上は変化なかった。問屋一家はやはりそこに住んで、仕事を続けた。裏口の階下を借りてる「五郎」も元のままだった。ただ、裏梯子段の上の二室がこの酒場に殖えて、それは特別の小集会などにだけ使われることとなった。そのことが、店主の大田梧郎は固より、私達を、驚かせまた喜ばせた。
それらのことを、波多野洋介は無関心な調子でやってのけた。時折やって来る井野老人を相手に、碁などうっている彼の様子は、無為徒食の一帰還者にすぎなかった。
波多野洋介に対して、魚住千枝子は困った立
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