引いて透明になった。がすぐに、その頬を赤らめて、彼女は洋介のところへ行った。
「あの……小母さまが、呼んでいらっしゃいます。」
 洋介は碁盤から眼を挙げて、彼女を見つめた。なにかふしぎなものをでも見るようで、そして少し長すぎた。それから答えた。
「ええ、すぐ行きます。」
 高石老人は、ウイスキーのグラスを取り上げて、千枝子に言った。
「今あんたを、研究所の事務員として披露してたところだ。」
 千枝子はもう平然として静かな笑みを顔に浮かべた。
 洋介は黙って出て行った。
 房江は寝間着の上に丹前をひっかけて、寝床のそばに引きよせた机にもたれていた。洋介がはいってゆくと、そのはれぼったいような瞼を静かに持ち上げた。睫毛が白っぽい感じに見えた。
「いかがですか。」と洋介は言った。「横になっていらっしゃらなければいけませんよ。」
「いえ、もう殆んど宜しいんですけれど……。」
 彼女は何か考えてるようだった。洋介は待った。
 房江は遠慮ぶかそうに話した。――皆さんに食事を出すつもりでいるが、ごくつまらないものしか出来そうにない。急なことだし、いつも世話になってる野崎さんに頼むわけにもゆかない。千
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