、まだ備えつけてない必要図書の調査をし、研究員の希望事項を訊し、その他出来るだけのことをしたい。研究所がもし高石邸へ移転するようなら、毎日そちらへ出勤したい。その代り、すっかり事務員になりきるために金額の多少を問わず、手当を支給して貰いたい……。
この最後のことを、高石老人は賞讃した。
「多少に拘らず手当を貰って、事務員として責任を持ちたいというのが、わしの気に入ったよ。無給でもよろしいというところを、千枝子さんはそうでない。あのひとならりっぱに仕事をしてくれそうだ。」
何事にも一個の見解を提出する癖のある佐竹は、皮肉な調子で言った。
「手当の金など必要でない者が、手当をほしいと言いますよ。そしてほんとに必要な者は、ほしくないような顔をしますね。」
「然しこの場合は少し違いますね。」と吉村が言った。「手当を貰うことによって責任の自覚を自分に強いるという、心構えの問題でしょう。」
そして二人の間に、近代人の逆表現と自意識とが、暫く話題となった。
その時、当の千枝子がはいって来た。話が途切れて、人々の眼がちらと彼女に注がれ、瞬間にまた外らされた。彼女はそれを感じてか、頬から血の気が
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