みと感じていた、その中での支柱でも彼はあった。而もこの支柱は甘い砂糖だった――すべてそれらのことは、敗戦の打撃と彼等の属する階級とに根ざしてるものであったが、彼も彼女もそこまで考えなかった。もし考えていたら、二人の関係は単なる社交だけに終っていたかもしれない。
 秘蔵のコーヒーにウイスキーを注いで飲み、それから二階の室で書画を見、次いで焼け野原に夕日の沈むのを窓から眺めた。残照が消えてしまった時、二人の肩は相接していた。それをどちらも避けようとしなかった……。その時からのことである。
 彼は酒を好きだったし、彼女も少しは嗜んだ。
 一度に銚子を二本と、ちょっとした小皿物とを、女中は運んできて、黙ってさがっていった。吉村は眼を細めた。
「嬉しそうね。」と房江は言った。
 彼女は気のなさそうに杯を取り上げたが、それを干すと、彼の様子をじっと眺めた。
「あなたは、千枝子さんを好きではありませんでしたの。」
 彼は唇をちょっと歪めた。
「千枝子さんは、あなたを好きだったようではありませんか。」
 彼はまた唇を歪めた。ややあって言った。
「愚問には答えません。」
 彼女は揶揄するように眼を光らし
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