、未亡人の室の方にばかり通った。そして次第に、千枝子は無視される地位に置かれた。こちらから吉村を訪問することも、なんとなく憚られる工合だった。
 ――どうしてこんな風になったのかしら。
 感傷的にではなく、理知的に、彼女はぼんやり考え沈んだ。
 室の正面には、多彩な政治家だった故人波多野氏の肖像画が掲げてあり、それと向いあって、孫中山の書がかかっており、一方の卓上には、画集や写真帖が置いてあり、他方の棚のケースには、銀製の種々の記念品や骨董品が並べてあり、煖炉棚には、古い壺や皿が飾られていて、その片端に、坐形の大きな人形が一つあった。足のところが少し損じてるきりで、顔から胴体まで、真白な泥土の肌は、光りを浮べて生々しく輝いていた。
 その生々しい肌色に、千枝子は無心に眼を据えていたが、突然、その眼を大きく見開き、透き通るほどに頬を緊張さして、人形を見つめた。彼女自身の顔も人形のようだった。そのまま数秒たって、彼女は立ち上り、人形の方へ行きかけたが、やめて、扉わきの細長い柱鏡の方へ行った。そして鏡の中で、自分の顔を眺め、手や指や美しい爪を眺め、頭に手をやって前髪のウェーヴを整えた。なにか
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