ろう。その上、ここの研究員を中心にして、青年や壮年の優秀な分子を、一定の組織へと動員することも可能である。一千名ほどはたちどころに獲得出来る。その優秀な一千名は、やがて一万となり、十万ともなるだろう。これは波多野さんにとって、有力な活動地盤である。――嘗て高石老人が側近の者に洩らしたところを、山口はそのまま繰返した。
「それを、むざむざ打ち捨ててしまうというのは、僕にはどうも納得しかねますね。」
 それから彼は少し声をひそめて言った。――何とかいう酒場を、波多野さんが買い取ったという噂もある。そういうことは、将来のため寧ろ遠慮すべきであろう。文化研究所をやめて、酒場の主人になる、これほど不合理なことはない。
「波多野さんは何をやりだすか分りませんよ。周囲の者がよく注意していなければいけません。あなた方も、よく注意しておいて下さいよ。ところで、僕はこれで失礼します。」
 人の心を或る方向へ傾けさせるには、議論を封じて言いっ放しにしておくのが最も効果的だと、彼は信じていたらしく、そのまま立ち去りかけた。裏木戸からの研究所への出入口は、休みには閉め切ってあり、彼は玄関の方へ向った。
 千枝子
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