の調子で、山口専次郎がやって来た。櫛の歯跡が目立たぬほどに髪をふわりと梳かし、空色の縁取りのあるハンカチの耳を上衣の胸ポケットから覗かしていた。
 彼は研究所の中をわざとらしく見廻して言った。
「ああ、今日は休みでしたね。だいたい、日曜日を休みにするなんか、おかしいですよ。学校ではありませんからね。この点だけは、僕は不服ですね。」
 千枝子は空を見ながら言った。
「日曜日でも、書物を御利用下すって構いません。」
「いや、僕はあまり読書をしない方ですが……。」
 そこで言葉を切って山口は二人の様子をじろじろ眺めた。
「何か、お話中だったんですか。」
「ええ、書生と女中との話です。」
 挑むような言葉に、山口は眼をしばたたいた。然しそんなことに気を遣わないで、彼は言い出した。
「この研究所を閉鎖するという噂がありますが、本当でしょうか。本当だとすると、僕には波多野さんの考えが分りませんね。」
 そして彼は一人で饒舌りだした。――今までまだ、研究所はまとまった研究結果を挙げていないが、然しこういう施設は大変役に立つ。これによって、過去の文化の誤謬が発見され、将来の文化への一指針が確立されるだ
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