盲だということは確かでなく、書物で読んだか人に聞いたか夢に見たか、猫の先生にもあやふやで、いい加減に言い出したに過ぎなかった。
 この両先生の論争は、実は数回に亘り、もっともっと微細を極めたものであって、店の料理と一緒に酒の佳肴に供されたのである。それを茲に要約するに当って、猫の先生たる私は、いくらか猫にひいきしたかも知れないが、然し、後になって、犬の先生が猫を飼ったということを聞いたのは愉快だった。その小料理屋は戦災に焼けてしまったし、犬の先生の消息も途切れた。だが私は、未だ嘗て犬を飼ったことはない。
 その代り、猫のために不思議な経験をしたことがある。
 私の家には、廊下の奥の扉の下部に、猫の自由な出入口がある。約四寸四角ぐらいな穴で、そこに板戸をぶらりとおろし、内からでも外からでも突き開けられるようになっている。内部は廊下であり、外部には古い石像の踏み台がある。猫は利口で、そこを数回出入りさせると、あとは独りで自由に通行するようになる。
 もともとこの家は、貧乏な私に不時の以外な収入があり、それをふしだらに浪費していたところ、ロザリヨと称するグループの友人たちが、よってたかって家
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