ル・ウイスキーに賛成だった。
「協力してやってくれるか。」
「も少し待て。考えてみる。」
戦時中、俺は或る軍需会社に勤めていたが、それが終戦後、解散になって、その時の手当で、姉一家の生活にもさして迷惑をかけず、小遣に窮することも大してないが、このままではやがて切羽つまることは明かだ。何とかしなければならない。然し、どこかに勤めるのは嫌だ。自分の仕事、そう言い切れるようなものが欲しい。さりとて、アルコール・ウイスキーの密造も考えものだ。金は欲しいが、金に執着しちゃあいけない。執着はすべて浅間しい。
その浅間しさを、俺は空襲中にいろいろ見せられた。
隣家の一室に、焼け出された夫婦者が身を寄せていた。荷車を一つ持っていた。空襲警報が鳴ると、その荷車にごたごた物を積んで、三百メートルばかり先、焼け跡の中の防空壕まで、避難する。どんな深夜でもそうだ。警報が聞えるとすぐ、彼等は飛び起きて、荷車に物を積み、しばし様子を窺ってから、車を引きだす。男が柄を引き、女が後押しをして、がらがら、がらがら、深夜の巷に音を立てて、焼け跡へ向う。警報が解除になると暫くたってから、がらがらと、こんどは少しゆっく
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