美醜
豊島与志雄

 夏の夜、私の書斎は、冬の夜よりも賑かだ。開け放した窓から、灯を慕って、多くの虫が飛びこんできて、乱舞する。電灯を中心に、天井、床、机、私の身体など、所嫌わず、飛び廻る。
 虫を嫌う友人などは、そうした私の書斎に、眉を顰める。が私は、一二の人間の気を迎えるために、窓を閉めることもしたくないし、或は、窓に網戸を拵えることもしたくない。また、灯のまわりを乱舞することが、彼等虫類にとって往々危険なことであろうとも、そのために、室を彼等に閉鎖することもしたくない。
 夜の灯に憧れる彼等の乱舞には、人間の些々たる懸念や配慮などを超越する、公明な晴れやかな歓喜がある。その歓喜に酔ってる彼等の姿の、如何に美しいことか。
 有翅の或は有甲の大小数多の昆虫類、彼等は時として、私の蓬髪の中に迷いこみ、或は私の襟から背中に落ちこんで、ひどく困惑してることがある。がそういう時、彼等にとっては、私の蓬髪も背中も、自然の一部分に過ぎない。ただ私は私の不注意から、書物の頁の間に、或は原稿紙の間に、彼等を圧殺しはしないかを恐れるのみだ。その圧殺さえ避ければ、彼等に取囲まれて、読書をすることは、或は
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