2−92−25]が心地よく細っていて、額が広かった。少し離れてみると、顔の上半分に遊惰と低能との趣きがあり、下半分に女好きのする魅力が漂っていた。いつも毛皮の襟のついた二重まわしを着て焦茶のソフトを被っていた。ステッキは持っていなかった(私はいつもステッキをもっていた)。後に知ったことであるが、頭髪は角刈りにしていた(私は髪を伸していた)。
何でもごく屡々、私達はS――駅で一緒になった。歩廊に立ちながら電車を待っていると、よく困ることもあった。私が煙草を吸っていると、彼は黙って私の方へ寄って来て、意味ありげに私の姿を見ながら眼で微笑んだ。薄暗い中に私が口に吸った煙草の火の光りで、その眼付がちらと見えた。私も何ということなしに眼で微笑み返した。然しその時はもう互の顔は薄暗かった。待合所の中の電灯はただぼんやりした明るみを歩廊の上に送ってるきりだった。私はむやみにすぱすぱ煙草を吹かした。彼は向うへ行ったり来たりした。互に何か話しかけたい思いをしながら、その機会がなかった。もしどちらからか煙草の火でも借りようとすれば、容易にその機会は掴めるのだったが、どういうものか二人共それは忘れていた。
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