て来た。
 その時重い響が遠くに聞えるような気がした。私は初めてほっとして上野行きの電車が来る線路の縁の方へ行った。他の者も其処に集った。然し電車は来なかった。重い響きは、線路の向うを渡してある橋の上を荷車が通るのであった。馬鹿に大きな荷を積んだ車を、前と後とに二人の男がついて挽いていた。小さな提灯が一つ車の横についていた。それが靄の中に浮出した向うの高い橋の上をゆるゆると通って行った。ただその響きだけが馬鹿に近くに響いていた。
 荷車が橋を通りすぎて見えなくなり、その響きも聞えなくなると、急にあたりがひっそりしてしまった。寒気がぞくぞくと背中に上って来た。乗客は皆一つ所に集ったまま立っていた。学生らしい青年が二人、大きい風呂敷包みを持った女が一人、コートを着て襟巻の中に顔を埋めてる女が一人、背広の上衣だけを引かけて紺の股引にゲートルに靴という妙な風采の男が一人、それに私と彼とだった。やがて洋服の会社員らしい男が一人加わった。それだけの者が、歩廊の柱の影に立っていた。そして次第に一つ所にかたまっていった。群から離れると非常に寒そうに思えた。特に女が二人居ることがその小さな群を妙に温くし
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